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自分で、自分の仕事をつくっていきたい。
自分の個性のまま、自分の形のまま、生きる。
素「moto」は、今のわたしそのもの。
好きなこと、感じていることを形にしていく。
そして、全部をひっくるめたのが 素「moto」です。
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これからは気軽に更新します

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  何かモヤモヤしている時、人生の岐路にいる時、 自分の人生に迷っている時に、 自分の中に潜って思考を深掘りする。 そこで考えて言語化できた内容は、「誰かにとっても、何か考えるきっかけになるかも知れない」と思ってブログを更新するんだけど、、、 最近は全然迷ってないんです。 竹細工という、自分に合っていることを見つけられて、 それをただシンプルに頑張るだけ、という日々だから。 考えなきゃいけないことがあっても、それは全部前向きな悩みだから、他人に共有してもな~と思って更新をサボってました。 ちょっと重く考え過ぎていたかもしれない。 これからは気軽に自分の日々のことをここに残していこうかなと思います。 継続ってきっと何かに繋がるよね! ---------------------- 4月から、2年生になりました。 与えられた課題をこなす1年生とは違い、2年生からはゼロから自分で新しい商品を考える商品開発の授業になります。 ゼロからといっても、大まかなテーマが与えられていて、 今やっている第1課題のテーマは「1年生で習った技術の応用」。 卒業までに6つの課題があって、「八つ目編みを用いた商品」、「アクセサリー」、「1週間で5個作れる商品」とか。 今、第1課題の試作をしているんだけど、、、、これが超たのしい! ほとんど研究です。 大学院時代の研究の経験がかなり活きている、、、と毎日感じてます。 実験して、結果をみて、改善点を考えて、また実験する。 生物学の研究は、実験を通して「既にどこかにある答え」を探す作業でしたが、 竹細工の商品の試作は、実験を通して「(自分・お客さんにとって)より良い商品」を作り出していく作業。 答えは自分の中にあって、言葉にならない感性や直感を使って選択していく。 この作業がかなり楽しいです。 生物学は大好きだったし、PCRとかミクロトームを使ったチマチマした実験の作業も好きだった。 だけど、「これが分かって私の何になるんだろう?」という気持ちが薄っすらあって、 たぶんそれが拭えずに、生物学を自分の仕事にするのを諦めたんだと思う。 だからその点、竹細工の商品開発は、実験のチマチマ作業もあれば、クリエイティブでもある。 さらにこうして作った商品がいつか誰かに届くと思うと、もう愛おしくてたまらないですね。 今の第1課題では、「壁掛けピアスホルダー」...

2026.1.1

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久しぶりに書く。 4月に訓練校に入校してから9ヶ月。 毎日、朝から夕方までひたすら黙々と作業する日々だけど、「楽しい」という気持ちは全く変わってない。 毎日、純粋な気持ちで竹に向き合い努力するだけ。 シンプルな日々だから、ある意味悩みがなくて、文章を書く機会が減っちゃった。 ほんのちょっとの違和感も無視できない自分。 だから、今まで「違和感」をキーワードに何度も方向転換してきた。 なのに今、何の違和感も感じずに竹に関われている。 これって、改めて考えると結構すごいことなんじゃないか。 いつの間にか、「これだ」というものを見つけられていた。竹細工が、自然と自分の中に入りすぎていて気が付かなかった。 「竹を自分の仕事にしていく」という言葉がスッと腹に落ちる。未来を想像したくなる。わくわくする! 竹細工の何が自分に合っているんだろう。 もちろん、自然素材・手仕事・暮らしの道具という、前から感じてた要素もあるけど、 最近思うのは、 竹細工は、技術力と感性の両方が必要で、そのバランスが自分に合っているんじゃないかということ。 技術しか使わない作業だとつまらないし、 感性だけで作るものだと、努力の仕方が分からない。 自分の感覚も表現しつつ、ベースは黙々努力型の自分にとって、竹細工はすごい合ってる。 とにかく毎日ピュアな気持ちで楽しい。 好きなことに対しては、素直な気持ちで努力できるもんですね。努力が楽しい。 作りたいものや、竹細工の世界でありたい自分の姿など、色々想像が膨らんで気持ちだけ焦ったりもするけど、 今はとにかく基礎技術が大事、と思って目の前の課題に向き合う日々です。 4月からは2年生になって、商品開発の授業が始まる。 商品開発と聞くと、「売れそう」とか「デザインがかっこいい」商品を作るもんだと思っていたけど、 むしろ大事なのは、自分の表現したいことや価値観と向き合い深掘りすることであって、 商品はその過程を経て出来上がった表面的な結果でしかない、と最近考えるようになった。 私は、商品制作を通して、自分ともっと向き合っていきたい。 このスタンスがとてもしっくりくる。 ちなみに、今のところ考えているメインテーマは「豊かさの再考」。 これから、深い思考を必要とする機会がたくさんありそうでとっても嬉しい。 2年生、楽しみだ! ひとまず1年目もこつこつ走り切ります!

「手仕事」の定義

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  先日、大分で青竹をやられている作家さんの工房にお邪魔した。 自分で竹林を管理して、材料から完成まで全て自分だけで完結している。 夏は熱中症ギリギリのところで作業して、冬も材料を取りに行くために山に入る。 「それが手仕事」って言っていた。 この言葉がすごい印象に残ってる。 「手仕事」の定義について再考させられた。 というか、元々あまり「手仕事」について深く考えたことがなかった。 自然素材のものを使い、手作業で作られていたら手仕事。そのくらいの感覚だった。 しかも、ここでいう「手作業」も、どこまでの工程を?とかもなく、ただ漠然としてた。 例えば、私が今まで「手仕事」だと思ってつくってきた、ポジャギ、ラグ、クロスステッチ。 既に完成した糸や布を使って縫ったり編んだりしただけ。 確かにこれってこれだけで手仕事と言えるのだろうか、、、。 でもそれを言い出したら、綿を育てるところからやる?蚕を育てるところからやる? でもきっと、そういうことだ、とあの作家さんは言いたいんだろうなと思う。 じゃあ、革細工なら牛や鹿を殺すところから? 陶磁器なら土を掘るところから? ガラスならケイ素を精製するところから? そこまでやらずに「手仕事」だと言っている人はたくさんいる。 「手仕事」には幅がある。 このことに気付かせてもらった。 これは今後の自分にとって、とても大切な発見だと思う。 そして、あの作家さんはその幅の中でもかなりストイックな方に「手仕事」の定義を置いている。 そして、私もきっとそうなる気がする、、 というか、もう気付いてしまった以上、もう見て見ぬフリをすることはできない(泣) 辛い道だ、、、ストイックロード、、、 でももうこっちに進むしかできない。自分を甘やかせない、、、妥協できないタチなのだ、、、(泣) (「自分に対してまごころを尽くすというのは、自分にきびしく、残酷に挑むことだ」 「本当に生きていくためには自分自身と闘わなければ駄目だ」という岡本太郎の言葉が刺さる、、、ぐう、、) たしかに、竹を業者さんから買うのはラク。 でも、その竹がどんな環境でどの方角の斜面に生えていて何年経ったものなのか分からない。 作品を突き詰めようとすると、絶対にこの情報を自分で知る必要が出てくる。 要は、自分がどれだけ作品を追求するか、だ。 別に業者さんから買った竹でもカタチにはなる。...

小浜旅行

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  訓練校が4/30.5/1.5/2と休みで、8連休のゴールデンウィークをもらったので、兼ねてから行きたかった長崎県、雲仙の小浜へ、3泊4日の一人旅をすることにした。 その1日目の記録。 9時出発。途中SAで鶏おこわを食べ、13時すぎに雲仙のタネトに到着。ずっと行ってみたかったところ!藍の粉末、醤油、柿酢、甘夏1個、にんにくの芽を購入。タネトにいたインターンの男の子に聞いて、お食事処 心というチャンポン屋さんへ。美味しかった! 15時、諸山宿舎チェックイン。早速山本ひかるちゃんの冊子ゲット!山本ひかるちゃんがここに来ているのを見て来てみたかったのだ。それを読みながらダラダラ休む。16時、散歩へ。足湯して、ソフトクリーム食べた。宿に帰ってそのまま店主と竹のひご取り練習。初めて人に教えた。楽しい。 夕飯は橘という居酒屋へ。後半、店主に話しかけられ、流れでお客さんとも話し、結局その場にいたお客さん全員で同じ卓を囲む。みんないい人だった。長崎弁強すぎて半分くらい何言ってるか分かんなかったけど。ばってんばってん言ってた。 地方の小さな居酒屋さんに一人で入ると大体そうなんだけど、みんな構ってくれる。それで、大体その土地の美味しいものをご馳走してくれる。今日も、「こっちのもんで食べたいものあれば言いな〜」って言ってくれた。遠慮なく言った。笑 そのうちの一人のお兄さんから、脇浜共同温泉の回数券もらった。10枚綴りごと笑。流石にこれは使い切れないですよーーって言ったら、また次来た時使ってよ。だって。粋だネェ。 そうこうしているうちに、行くつもりだった温泉が閉まる時間になってしまったので、急いで店を出て(私のお代奢ってくれた🥺)、ダッシュ。、、、しかし間に合わず、、、。宿にはシャワー設備がないから、なんとしても入らないとやばい!と思ってめちゃゴネたら、別の温泉ならまだ開いてるからと教えてくれた。良かったー。その温泉はかなり渋めの施設だったけど、塩化物泉系で体ポカポカ。ホクホクで宿に帰る。今日別府に帰ったとしても満足できるくらい、小浜の人の温かさを感じた充実した1日だった。

アンパンマンのマーチ

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 別府に来て一週間。車生活。 ラジオで、やなせたかしの過去のインタビューが流れてた。 すごく心に響いたので、記録。 彼は若い頃は戦争に行っていて、弟を亡くしてる。 「中国人を救おう」と正義を持って戦争にいったけど、実際はひどいことばかりしていた。 正義なんて本当はなくって、本当の正義は飢えてる人に食べ物をあげること。それは、その人の命を応援すること。だから、自分の顔を人にあげるアンパンマンを描いた。 アンパンマンのマーチ。 アンパンマンのマーチの歌詞が、やっと私に届いた。 「幼児は、難しい言葉も簡単な言葉も分からない。だからこそ、難しい言葉をぶつける。もちろん子供はそれを理解していないけど、いつか大人になった時、ああこういう意味だったんだって気付ける時がくる。それが、成長したということ。」 私、大人になったんだ。改めて歌を聞いて、すごく心に沁みて泣けた。 やなせさんの想いが伝わってきたし、それはここ数年私が向き合ってきたことだった。 というか、みんなの人生のテーマなんだと思う。 それと向き合ってきたからこそ、私は今別府にいる。 そうだうれしいんだ 生きるよろこび たとえ胸の傷がいたんでも なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ! 今を生きることで 熱いこころ燃える だから君はいくんだ ほほえんで そうだうれしいんだ 生きるよろこび たとえ胸の傷がいたんでも ああアンパンマン やさしい君は いけ!みんなの夢まもるため なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ わからないままおわる そんなのはいやだ! 忘れないで夢を こぼさないで涙 だから君はとぶんだ どこまでも そうだおそれないで みんなのために 愛と勇気だけがともだちさ ああアンパンマン やさしい君は いけ!みんな夢まもるため 時ははやくすぎる 光る星は消える だから君はいくんだ ほほえんで そうだうれしいんだ 生きるよろこび たとえどんな敵があいてでも ああアンパンマン やさしい君は いけ!みんなの夢まもるため