導こうとすること=エゴ



あの人は絶対損してる。

考え方が幼稚すぎる。人間的な器が小さすぎる。
自己肯定感が低くて、他人とのコミュニケーションがうまくできてない。

掴めるチャンスも逃してる。いや、自ら手放してる。


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ある人のことを、そう思った。
仲が良かった人だったけど、ある事をきっかけに私に対する態度がガラッと変わってしまった。
めちゃくちゃショックで、その対応の幼稚さに、引いた。正直。


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ショックや怒りが収まると、「可哀そう」という気持ちになっていった。

「どういう背景で、ああいう人間性になったんだろう」
「どんな経験やトラウマがあるんだろう」
「今までも、こうやって人を遠ざけてきたのかな」
「絶対損してる」


私がもうこれ以上歩み寄る余地はない。必要性もない。
だけど、、、、


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私の中には昔から、「完璧な人格者」がいる。
「もし完璧な人格者なら、、、」
「ブッダなら、、、」
「キリストなら、、、」

「完璧な人格者」なら、もっとその人に歩み寄るのかな。
彼女の孤独を察し、慮って、一緒にトラウマに向き合い、
彼女の成長を促すのだろうか。




そこまでやるのが人格者なのだろうか、、、。
でもやりたいと思わない。
そこまで自己犠牲できない。


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そんな一連の悩みをある人に相談した。

「それは、花ちゃんのエゴだよ。」

え、、、

「それは、相手をコントロールしようとしているってことだから。相手を自分の思い通りに動かそうとすることはエゴ」

え、そうなの?
たしかに、、、、たしかに。

「悟りまでいった状態っていうのは、完全に相手を信頼すること。
相手に選択肢を与えて、何もしないこと。
だから花ちゃんは、今まで通り普通に接して、いつでもその子が態度を戻せるような状態にしておいて、何もしなければいい。」


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めっちゃ勘違いしてたかも。

「完璧な人格者」は、常に全ての人に手を差し伸べて、
他人を「良い」方向に導くよう尽力する人だと思ってた。ずっとそう思ってた。

だから、いつもその「完璧な人格者」と自分を比較して、ダメだな~と思ったり、
そうなりたくて、誰かに「優しく」したりしていた。


「相手を信頼する」
でももしかしたら、これが一番難しいのかもしれない。

じゃあ素直に今、自分が彼女のことを信頼できるかと言われたら、できない。
ここから成長するなんてどうせ無理でしょ、とか思うし、
彼女が今まで通りの態度になったとしても、私の心の中の壁は決して崩れないと思う、、、、「見下したい」みたいな気持ちがあるのかもしれない。私が「得」をしていて、彼女が「損」をしているという構図を崩したくないのかもしれない。
実は私の感情とも複雑に結びつく難しい問題なのかもしれない。



私の中の「完璧な人格者」像が崩れた一方で、より高度なハードルが出てきた。
でも、こっちの方がしっくりくる。自分が超えるべきハードルだという感じがする。
相手を信頼して何もしない、かあ。



人間っておもしろ~~~





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2026.1.1